現代においては、国家とは一定の領域内に住む人間集団が作る政治的共同社会を指す。また、国家の語を、語源に即して統治組織に限定して使うことも少なくない。
日本語においては、通常国民と訳される nation は、団体的側面を強調したり、他 nation との関係を強調したりする文脈で用いられるときには「国家」と訳すことがある。また、ギリシア語の politeia も国家と訳される。例えばプラトン『国家』の原書名は希: Πολιτεία(politeia)という。また、羅: res publicaや、 英: commonwealthなども国家と訳されることがある。
国家の起源には諸説あり、定説はないと言っていい。それは国家が、特に現代においては、多様であり、ひとつのモデルで説明しきれないことを表している。しかし、国家を静態的ではなく、動態的に捉えることは非常に重要である。動態的な国家起源のモデルを設定してそれを理念型とすることで、多様な国家の成り立ちをよりよく理解することができるようになるからである。
国家起源の動態モデルの例としてカール・ドイッチュの説がある。
ドイッチュは国家の起源を社会的コミュニケーションの連続性から説明する。彼によれば、国民(nation)とは次の2種類のコミュニケーションの積み重ねの産物である。すなわち、第1に、財貨・資本・労働の移動に関するものである。第2に、情報に関するものである。西欧における資本主義の発展に伴って、交通や出版、通信の技術も発達し、これら2種類のコミュニケーションが進展し徐々に密度を増すと、財貨・資本・労働の結びつきが周辺と比較して強い地域が出現する。ドイッチュはこれを経済社会(society)と呼ぶ。また同時に、言語と文化(行動様式・思考様式の総体)における共通圏が成立するようになる。ドイッチュはこれを文化情報共同体(community)と呼ぶ。日本のように経済社会と文化情報共同体が重なり合う例も存在するが、この2つは必ずしも重なり合うとは限らない。現在でも、複数国家で共通の言語が使われている例は珍しくない。一定の地域である程度のコミュニケーション密度が長期間継続すると、そこは「くに」(country)となる。そして、そこに住む人たちが「民族」(people)と呼ばれるようになる。この「民族」(people)が自分たち独自の政府(government)つまり統治機構(state)を持ちたいと考えた瞬間に「民族」peopleは「国民」(nation)となるのである。people、nationをともに「民族」と訳さざるをえない場合があるのは日本語の社会科学概念の貧困に由来する。ちなみに、民族自決を英語でself-determination of peoplesというのは以上のような思考過程を表すものと考えられる。
こうした「民族」(nation)あるいは「国民」(nation)が実際に政府を樹立し成立するのが「国民国家」nation-stateなのである。
現代における国家は必ずしもこうした理念型に合致するものではない。まともなコミュニケーションの進展も存在せず、それ故、「国民」(nation)と呼べる実体が全く不在の場所に国家(state)だけが存在するという場合もあれば、ひとつの国家(state)の中に異なる政府の樹立を求める民族(nation)が複数存在する場合もある。ヨーロッパにおいては、これまでの国民国家(nation-state)を包括するような大きな主体の出現が議論されている。それに対して、さらに細分化された民族(people)が自らの政府の樹立を望んで国民(nation)となろうとしているようにも見える地域も無数に存在している。こうしたことはEUの発展するヨーロッパにおいても見られる。
静態的な国家論だけでは国家を捉え切ることは非常に困難であると考えられる。